Index > Novel > Novel<小説> > [Novel]きち子のヴァレンタイン、日暮のバースデー(草稿)

[Novel]きち子のヴァレンタイン、日暮のバースデー(草稿)

Continue readingから本編になります

   きち子のヴァレンタイン

 湿気が酷い暗い放課後。
 ヴァレンタインデー当日だからという事もあるのか、誰もいなくなった教室で、日暮あがいつもよりも増して賑やかだった。
「ヴァレンタインが過ぎると、ローソンで在庫処分セールあるんだ。それを狙っている」
 日暮はチョコレートが無類の好物であった。彼にとってこの季節は、高級チョコレートを格安で手に入れることができる、重要な期間だらしい。
 チョコレートを女子から貰えたらって嬉しいらしいが、チョコを貰うことなど日暮の中では1ミリも願っていないのだ。
 去年バイト先のかわいい主婦から、お酒の入ったトリュフチョコ貰って、後で食べればいいものをその場で食べてしまい、酔っぱらってしまい、昼間に食べたありとあらゆるものを吐き出してしまったことがあった。その後バイトでは、気持ちが悪くて全く働くことができなかったらしい。今後は手作りでないことを条件にバレンタインチョコを貰うとか、勿体無い事を言っていた。
「お前は陽気でいいな、負け惜しみしか聞こえない」
「あーあー聞こえない。そもそもヴァレンタインって好きな人に思いを伝える日であって、女が男にチョコを上げる日ではない」
「特に反論を言っているように思えないのだが」
「いいじゃん、俺だって年上以外からもらってみたいわ、たわけ!」
 日暮は年上から何故かもてた。ベースをやっているからなのか、渋いやつだと思われているらしい。皮肉にもこの老け顔は愛嬌が結構ある。
 本人が言うには、職場で一番若いのが自分だから、主婦たちから可愛がられているのだと、勝手に思っている。
「日暮はきち子から貰えばいいだろ」
「何言っているんだ! あいつの作るチョコなんて塩が盛ってあるだけのスニッカーズだ。
 それに迷惑しているんだ。あいつ毎日アジュールに来てさ、毎日ハンバーガー買ってくれるからよ、毎度おなじみの常連さんになって困っているんだ」
「お店的には最高じゃないか」
 日暮ときち子と呼ばれる少女との出会いは、遡ること去年の文化祭ライブの後のことだった。
 彼ら軽音楽部は文化祭で、一日中体育館を選挙してライブを行うのが通例となっている。
 文化祭ライブで頭を務めた日暮達のバンドであったが、リハーサルの時に見られなかった不具合が生じ、ドラム側にセットされたモニターからベース音が全く聞こえなかったらしく、ドラムのオバちゃんはリズムを維持するのに精一杯だった。日暮はベースが彼女に届かない分、大声張ってユリシーズを歌った。それでドラムのリズムを安定させようと頑張ったが、今度は歌声も聞こえなかったみたいで、結局オバちゃんは日向のギターしか頼ることしかできなかった。日向のギターソロが始まると、オバちゃんのリズムは著しく崩れ、彼らのライブは大失敗に終わってしまった。
 その後、日暮はうまく演奏ができなかった理由を、PAをやっていた部長達のせいだと訴えたが、「そんなことはない」「このチャラ男がぁ!」と先輩達全員罵声を浴びたうえにボコられて帰ってきた。日暮達にとって、悔しい出来事であった。
 だが、そんな彼らのグルーヴに感動した一人の少女がいた。三組の大川吉子。ボブカットでメガネをかけていて、チンチクリンな子だ。
 元々はとある先輩バンドのボーカルが好きで堪らなかったらしいが、日暮の演奏と歌声を聞いて、胸に来るものがあったらしい。文化祭が終わったあたりから、ちょこちょこ六組の方へ遊びに来て、毎日日の丸弁当の日暮のために、おかずを作ってきてくれるいい子である。(日暮曰く、とてもしょっぱいので本当は食えたものじゃないが、出されたものは食べる主義なので全部食べる。そしてそのあと水を一リットル飲み干す)。最初のうち日暮は、彼女みたいなもんだと喜んでいた。
 しかし、あるとき軽音楽部の先輩達全員が、日暮のところへ土下座しに謝りにやってきた。「あんな女の彼氏だと思ってなかった、許してくれ!」と。彼女が何をしたか分からないが、日暮はとても上機嫌になって先輩たちを許した。
 しかし日暮は、その出来事をきっかけに吉子を違う視線からながめるようになった。そういえば周りの不良達が、彼女のことを一目置いて見ているように見えた。彼女の評判は未だに明らかになっていないが、裏で何かやらかしているような気がして、日暮は気が気じゃなかった。
 日暮はそろそろ吉子が怖くなって、彼女から逃げるようにして過ごしていたが、最近はとうとう逃げられないらしく、彼の悩み種になっていた。
「お前、想像してみろ? 俺がシフト入りしてから上がるまで、ずっとフロアの角で俺の声を澄まして聞いているんだよ。たまに俺がフロアにでると、目を輝かせながら俺を眺めるんだ。上野公園のパンダになった気分だぜ」
「その話三〇回ぐらい聞いたわ」
「でや、バイトが終わった後、夜も遅いから彼女を彼女の家まで送ってあげるんだよ。俺も紳士だ、夜は危険だからね。だからよ、店長にきち子と俺、付き合っていると思われているんだ。もう、勘弁だぜ」
「それも聞いてる。いつもいつも。いい紳士で結構じゃん。いいじゃないの。俺ならきち子ぐらいの容姿なら、つきあえるよ。きち子だって、変な噂さえなければ普通の女の子だよ」
「じゃあお前が付き合えばいいじゃないか」
「俺だって、そんな不倫略奪愛みたいなことはしたくないね」
「別にあいつは俺のもんじゃない」
 日暮は、手の甲を日向へ向かって煽いだ。
「そういえば、今日きち子は?」
「今日はバイトがあるって嘘ついてきた、おそらく今アジュールにいる」
「日暮。お前、彼女のこときち子きち子いっているけど、比べられたもんじゃないな」
「いいじゃん。俺はこれからローソンへ向う」
「鬼畜」

 十六時も過ぎて暖房が消えて、そろそろ教室が寒くなってきた。日暮と日向はそろそろ帰る事にして、ロッカーにかばんを取りに行った。
「あ」
「あ」
「どうした?」
「どうした?」
 二人は同時に同じこと言った。とりあえずじゃんけんをして、あいこだった。
「多分、これあれだよな」
 日暮のロッカーの中に、手紙が添えられた小さな箱が置いてあった。日暮はその手紙を読み始めた。
「ちぃちゃんへ、面と向って渡すのが恥ずかしかったのでロッカーに置いていきます。日向君のロッカーにも同じのが入っていますが、やきもち焼いちゃいやだよ。 よしこ」
 日暮が上唇を下唇で覆い、しばらく何か考えている様子だった。
 一方で日向のロッカーには二つ箱が用意されていて、一つは既に開封済みで中身がめちゃくちゃになっており、その中に刻まれた吉子の手紙が入っていた。
「日暮、これ。例の手紙のやつがやったかな」
 日暮は黒っぽいまなざしで、日向がもらった箱の中身を覗いた。
「きち子が作ってくれたチョコでさえ、こんなにしちゃうのかあいつは」
 日暮は日向のロッカーから、もう一つあった箱のリボンに挟められているメッセージカードを取り出して読んだ。
「ハッピーヴァレンタイン 日向君。……」
 俺たちは周りをちらほら見た。遠くから女子ハンドボール部が学校校内を走り回っている声だけが聞こえた。二年生のフロアは静まり返っていた。居残っている生徒は近くにいない。彼らはそう確信して、小さい声で会話を続けた。
「どうしようコレ」
 箱の中には、鶉の卵のような小さいチョコレートがいくつか詰まっていた。
「食べれば?」
「無理言うなよ、洗剤とか入っていたらどうするんだ」
「ミント臭がしなければ大丈夫だろ」
 なんて他人事なんだ。日向はとりあえずその箱を日暮から取り上げ、鞄の中に入れた。
「お前こそ、それどうするんだよ」
「これ?」
 日暮は持っていたきち子からの贈り物だと思われる箱を開封し、中身を見てから考えた。大きなクランチチョコレートが入っていた。
「折角作ってくれたものだと思うから食べるよ」
 日暮はクランチチョコレートを手に取り、一口食べた。良く噛んだ後こう言った。
「今、食べんのかよ」
「苦い、そしてしょっぱい。ポテトチップかな」
 苦い苦い、しょっぱいしょっぱい。そういいながら日暮はチョコレートをすべて食べてしまった。食べてしまった後、日暮は何か口の中でゴロゴロ転がしていた。
「これからどうする?」
 玄関までやってきて、日向は改めて今日の放課後何をするかを日暮に聞いてみた。
「ローソンに行こうと思ったけどやめるわ」
「じゃぁさ、カラオケでも行こうぜ!」
 微妙な恐怖と、折角もらえたチョコレートが粉砕されて日向は少し気持ちが悪かった。さぁ気晴らしだ。カラオケに行ってユリシーズを歌いたいなと日向は爽快感を求めた。しかし、日暮からしばらく返答がなかった。
「……ごめん。俺、きち子に謝ってくる」
「へ?」
 ブーツを履き終えた日暮は、いつもならへらへらして笑っているのに、何か顔が無表情に近いものになっていた。
「俺はきち子のこと、何にも知らないで嫌っていただけだったんだ。だから、俺謝ってくる」
「す、すごい変わりようだね。さっきのチョコレートに何か入ってた?」
「いや、不味かった」
「そう、じゃぁちゃんとそれ言ってあげてね」
 日暮と日向はアジュールまで行って分かれた。
 日向は帰ってから、ギターを弾きながら考えた。この鶉のチョコレートをどうするべきか。怖くて食べれそうにない。
 捨てるのももったいないので、日向は家族に食べさせたが、三日たっても彼らには何の異常もなかった。むしろ普通においしかったようだ。
 

 週が明けて、日向はいつもの様に朝早く学校に登校し教室に入ると、日暮が机の上に顔を伏せていた。珍しい。いつもは連続ドラマ小説を必ず見てから来る彼が、こんな朝早くから学校にいるとは。
「どうした?」
 日向が話しかけると、日暮は顔を上げた。いたたまれない真顔だった。
「どうした! きち子にふられたのか?」
 日暮は首を横に振った。
「じゃぁ、何? 花粉症か? まだ雪積もっているのに大変だな」
 それも横に首を振った。そして日向の顔をまじまじ見た。
「ホワイトデーなんて嫌い」
「はぁ?」
「ホワイトデーなんて死んじまえ!」
 日暮の話をよく聞いてみると、ヴァレンタインデーの商品を、ポップを換えただけでホワイトデーまで流用するスタイルが今年から始まったらしい。今日の朝近所のコンビニすべてを梯子して学校へ来たが、どこも在庫処分をやっていなかったそうだ。業界もホワイトデーまでにチョコレートを消化してしまおうとは、なかなか経済的な考えだ。
 スイーツ男子の悲しみ、ああ涙がぽろぽろ。
「お! ちいちゃん元気ないね」
「ああ、きち子」
 そうこうしているうちに、吉子が六組へ入って来た。いつもなら日向から日暮情報を聞きだしている時間だ。彼女も珍しくいる日暮にびっくりしている様子だ。
「なんか、ヴァレンタインの在庫処分セールを期待してコンビニ回ったんだけど、なかったんだって」
「へぇ」
 さすがの吉子も彼のあの状態を無視している。
「金曜日にさ、日暮ちゃんと謝りに行った?」
「来たよ、なんか泣きながら来たけど」
 吉子はさりげなく言った。日暮の身に一体何があったのか。
「あのチョコレートに何か仕掛けでもしていたのか?」
「別に。でも、その後すごくやさしくなったんだよ。やっと私の愛を受け入れてくれたというか」
 その後、八時半になるまで吉子のノロケ話が続いた。
 日向は彼女が居なくなれば、思えた瞬間であった。

 


   日向のバースデー

 はじめまして。私ずっとあなたのことが好きでした。この気持ちを直接言いたいので、放課後五時に三階家庭科棟まで来てください。
 ごめんなさい。昨日は来てくれなかったんですね。手紙に気付いてもらえなかったのかな。今日も同じ場所で同じ時間でまってます。
 あれれ? 日向くんは恥ずかしがり屋なのかな? 昨日も来てくれませんでしたね。メールアドレス書いておきますので、メールください。
 どうして、どうしてメールくれないの? サブアドだからかな。ごめんね、ちょっといつも使っているアドレスは初期設定で長すぎるから、サブアドつかっちゃった。あなたもその方がいいよね。メール待ってます。
 ちょっと、人が気を使って手紙書いてあげているって言うのに、なんで返事してくれないの? ちょっと失望した。あなたがそんな人だと思ってなかった。最後のチャンスを上げます。返事をください。
 ごめんなさい。まさかロッカーに鍵をつけるぐらいあなたが怒っていると思わなかったの。昨日はあんなに書き殴りの手紙書いてごめんね。私は愛しているから、あなたも私を愛して。
 ロッカーが開かなくなったから、返事が分からないよー。メールください。待ってます。
 えへへ、鍵壊しちゃった。だって私あなたの恋人なのよ。あなたのロッカーは私も使えなくちゃだめじゃない。新しい鍵つけておきました。これで安心でしょ。
 おい! 何で人が親切でつけた鍵を壊して、また新しい鍵つけているんだ。私のこともう愛してないの? ちゃんとメールも毎日頂戴よ。お願い。
 お願い、メールしてください。私、胸が苦しい。日向君が私に微笑みかけるだけでもう十分なの、付き合っているとか言わないから。
 あの大川って人と一緒に歩いているの見つけたけど、あれ何? 私という女がいながら、浮気? 信じられないわ。あなたが誤ってくるまで、もう手紙やらないから。
 ごめんごめん。やっぱり昨日のこと怒ったよね。大川さんは日暮君と仲がいいから、あなたとも仲が良かっただけだよね。よかったよかった。また手紙してもいいよね。メールも下さい。
 もうすぐヴァレンタインデーだね。日向君は何チョコが好き? 私日向君のためなら何でも作るよ。
 何か希望ないのかな? なら私のとっておきのチョコレート作るよ! 楽しみにしていてね。
 なんで、なんでまた鍵変えちゃったの? 折角合い鍵作ってたのに。チョコレート欲しくないの? この恥ずかしがりや!
 ついに明日だね。楽しみにしていてね。私のチョコレートで私によっちゃいな! あとメールの返事も下さい。
 なぜか、大川さんのチョコがロッカーに入っていたのでぐしゃぐしゃにして置いたよ。私の人なのに、義理チョコなんて許さないんだからね。ハッピーヴァレンタイン 日向君!

 「という有様だ」
 ヴァレンタインデーの明けた翌週の月曜日の放課後。俺ら三人はまたもや不毛な放課後を過ごしている真っ最中であった。が、今日は少しだけ緊張感があった。
「何で今まで相談しなかったんだ?」
 日暮が今朝買って買ってきた、在庫処分ヴァレンタイン用高級チョコレートを舐めながら、俺宛に送られた手紙をちょくちょく読んでいる。
「今までは、なんか他の人に知られたら、なんか報復くらいそうな気がして」
「日向は特に何もしてないんだから、気にするなよ。元気出せ、チョコレートやるから」
 日暮はオレンジ味のチョコレートを俺に差し出した。もらって食べてみたが、思った以上に苦かった。けど、なんとなく胸がスッキリした。
「なっちゃん。こういう女の子は、元々メンタルやばいから、手紙出さなくて正解だったよ」
 大川さんが、どこで入手してきたのか分からないが、全クラスの女子の筆跡が載っている名簿から、手紙の差出人を突き止めようと解析していた。
「そうだぜ。きち子並みにキチガイだったら、爪飛ぶしな。ヤーさんの娘はこれだから困る」
 日暮が、俺が先週の月曜ぐらいにもらった手紙を見ながらつぶやいた。
「ヤクザじゃなくて薬剤師の娘なんですけど。私だってこんなヘタレと付き合うなんてゴメンだね」
 大川さんはその大きな目をギョロギョロっと動かし、口を半開きで日向を見た。
「ほう、言うじゃない」
 日暮は大川さんの後ろに回り、襟足を強く引っ張って顔を上げさせた。
「イタ! おいおい、やるかワレ」
 大川さんは立ち上がって、右手の人差し指中指でピストルの形を作り、日暮の額にそれを押し付けた。
「へ。薬剤師の親というのは、そんな教育しているのかい」
 日暮はゆっくりと、両腕を上げて大川さんに見せた。
「おほか。昔からウエスタンごっこさせてたのあんたでしょ。おままごとなんて一回もさせなかったくせに。てらねぇ」
 大川さんは銃口に向って息を吹きかけ、椅子に座ろうとした。刹那、日暮は上げていた両腕を背中へ持っていき、二本の物差しを繰り出し、大川さんの口元へその二丁を向けた。
「ウィ、ウィンチェスター……。ターミネーター、シュワちゃんとも異名を持つこの銃を二丁だと……?」
「観念しな、きち子」
 大川さんは、日暮の目をぎっとにらみつけ、下唇を前歯でかみ締めた。また両腕を上げて、右手の薬指小指をゆっくりと開いた。
 しばらくにらみ合いが続いた。日暮のほうは何故か息が上がってきて、物差しを更に大川さんへ近づけて、片方を顎に付けて、もう一つは天井へ向けた。大川さんは自分の顎に突きつけられた物差しを見ていた。大川さんは額から冷汗流し、それが顎までたれてきた。とうとう痺れが切れてきたのか、大川さんは流し目で日暮を見た。そして二人とも一斉に吹き出した。
「負けたよ、ハニー」
 日暮が鼻穴を広げて何かやっていたのを見て、大川さんは腹を抱えて笑っていた。
「お前ら、楽しそうでいいな」
「おうよ」
 日暮も最初のうちは笑っていたが、彼は無表情になるのが得意であった。大川さんがお腹を痛めながら笑っているのに、日暮は既に彼女を見下すような眼差しでそれを見ていた。
「なぁ、日向。きち子を彼女に欲しいと思わないか」
 日暮はニタっと白い歯を見せて俺に訊いて来た。大川さんも机にひれ伏していたが、一瞬緊張したらしく、ビクっとして止まった。顔を何とかして上げた。顔から笑いは取れてなかったが、今まで話そうともしなかった話題に、興味津々のようだった。
「え、本人の前でそれを言えと?」
「おうよ」
 大川さんは俺を見て笑っている。嘲笑しているようにも感じられる笑いだった。
 今まで考えたこともなかった。いつも隣にいる女の子を意識するなど。
 確かに、好みではあった。身長は俺よりちょっと低いぐらいで、くびれもあって、胸もあって、それでお尻が小さい。黒ぶちメガネがさらに彼女のよさを引き立てている。大川さんがベースを弾けるなら、ビジュアル的に日暮をクビにしてもいいくらいだった。
「そんなの言えない」
「いいじゃん、ここだけの話だ。遊びみたいな間隔で」
 日暮はニタニタ笑っていた。面白がっているようにしか見えない。
「へへ、お熱いのがお好き?」
「そ、そんな分けないだろ! そんな大きな事を本人の目の前で言えるか。あんたら言えるのか?」
「俺は言える自信はない」
「私もないな」
 大川さんはそろそろ、落ち着いてきていた。ほっぺを、りんごを思わせるようなキレイな赤い色をさせていた。
「じゃぁ、俺も言わなくていいだろ」
「じゃぁ後で俺にだけ」
「じゃぁ後で私にだけ」
「お前が聞いちゃ意味がないだろ」
「あんたが聞いちゃ意味ないだろ」
「お前が俺に訊けばいいだろ」
「私があんたのこと嫌いだから」
「もう、いい加減にしてよ! どうしても訊きたい事なの?」
「別に」
「別に」
 さっきから妙にユニゾンしているこの二人にムカついた。
「話し戻るけど、手紙の主は今日も手紙を置いて行ったのか?」
 日暮はまた無表情になって、チョコレートを舐めながら言った。
「今日は探してみたけど、見つからなかったんだ」
「この手紙に書いてあったけど、前に俺から借りた鍵壊されたのかよ」
「うん、買って返すよ」
「いいよ。俺はモテないからね。なぁブラザー」
 日暮は俺の肩を叩いてきた。俺も日暮も彼女いない暦=年齢のヘタレであった。大川さんは、高校に入学してから二十人以上に告白されて来たらしいが、それを全部断ってきた。勿体無い。本来なら、俺らモテないブラザーズと一緒にいることさえ許されたことではないはずなのに、日暮の幼馴染&俺のバイト先の常連さんと言うことで、何故かとても仲良くなってしまった。正直、女友達なんて小学校以来だからな
「この手紙の犯人、男ってことはありえないか?」
 日暮が一番最初に来た手紙を読みながら言った。
「男? この丸文字が?」
「だって俺、似たような字書けるぞ」
「そんな、莫迦な」
 日暮はペンを出して、あいうえおと一文書いた。
「丸文字や。ちいちゃん、頑張れば女文字書けると思うよ」
「確かに」
 日暮の言っていることはなんとなく筋が通っていた。丸文字が書ける人間なんて男女関係ないし、途中で出てくる書き殴りは、殆ど丸文字の面影を残してはいない。むしろこっちの文字が本当の字のように思えてきた。
「その犯人は恐らく、お熱いのがお好きなんだよ」
 大川さんが真顔で言ってきた。
「おいおい、それは困る。俺はそっちの気はない」
「なら、何でいつも女に興味ない風なんだ?」
「別に、口に出さないだけだよ」
「私も、なっちゃんの好きな人の話聞いた事ないね」
「オバちゃんは知ってる」
「オバちゃんには言えて、俺らには言えないのか。親友だと思っていたのに」
 奥さん聴いた? お宅の夏芽君、好きな子を私たちに教えてくれないのよ。困った子ですねぇ、と二人は世間話寸劇をし始めた。コイツら、兄弟のようにたまに息が合うのが、甚だ俺を苛だちさせる。
「お前らみたいにハッピーポジティブバカじゃないからな、俺は」
「まぁ、失礼しちゃうわ」
「夏芽ちゃん、お母さんはあなたをそんな子に育てた覚えはありませんことよ」
「育てられてもないし、というか、奥様言葉やめろ。見ていて気持ちが悪いんだよ、失せろ」
 俺が少々キレ始めたら、二人とも急に大人しくなった。枝豆のように小さくなってしまった。
「そ、そんなに引かなくても」
「お前、だって、秘密だらけでさ。俺ら本当に日向の友達か良くわかんないときがあるんだわー」
「そうだよ、もっと女友達を活用して欲しいわよ」
 俺は黙ってしまった。俺は今まで普通に接してきたつもりだったのに、そう思われていたのか。日暮とはもう一年近い付き合いになるが、一切気付かなかった。
「ご、ごめん」
「誤ることないよ。寧ろ俺がオープンすぎるんだ」
「私もだね」
「……」
 そういえば、中学校の頃いつも独りよがりでいた事を思い出し。何か一人で楽しめるものがないか捜していたいたとき、親のCDラックから見つけた、クリームのアルバム。サンシャイン・オブ・ユア・ラブ。バッヂ。ユリシーズ。聴いていて、めちゃくちゃ興奮した。俺もこんなグルーヴを出したいと感じ、中古でフェンジャパのテレキャスとスーパーオーバードライブを買った。最初はずっと一人でギターを弾いていたが、クラプトンのような重圧感は出なかった。
 高校生になって、なんとか高校デビュー、軽音楽部の日向として歩き始めたわけであったが、中々バンドが作れなかった。そんな俺を日暮が拾ってくれたんだよな。ベースなんか全く弾けないけど、俺副級長だからさ、なんとなくこのクラスでは悲しいことなしにしたいんだ。相談したいことあったら俺に相談よろしね。それから俺らはどんどん音楽の話をして行って、ついにオバちゃんと日暮とで3ピースバンドを組んだ。案外似たもの同士の初心者バンドは、下手糞ながらも、クリームさながらのグルーヴを出せていて楽しかった。文化祭ライブでも、色々失敗したが、アレはアレとしてお互いの成長と友情を高めたものとして、忘れたくないものだ。
 そんな青春の一ページに、俺という名前を日暮は書き込みたいと言っている。今まで世話になりっぱなしだったのに。こんなやつ放っておけばいいのに。日暮は本当に最高のベーシストだ。
「分かった。ここだけの話だぞ」
「え? 何々」
 日暮よりも先に大川さんが反応した。
「それでこそ、日向!」
 日暮が俺の肩をまた叩いた。
「で、誰なんだ?」
 俺は恥ずかしかったので、始めは口パクで言って見せた。
「へぇ。うん。確かに」
 大川さんは気付いたみたいだった。さすが。
「ちゃんと声出して良いなよ。ゴーストノートかお前は」
 俺はやはり恥ずかしかったので、手紙の切れ端に片思いの子の名前を書いて見せた。耳まで真っ赤になる思いだった。
「誰?」
「ほら、二組の綾瀬はるかみたいな人」
「綾瀬はるかって誰よ?」
「セカチューの」
「セイン・カミュ?」
「顎がちょっとしゃくれてて、ボッキュッボンなの」
「わかんねぇよ」
 そういえば、日暮はクラスの女子とクラ友以外、特に知り合いがいないので名前を言ったところで分からないんだろう。
「確か、自然科学の子だったような気がする」
「俺人文だからわからん」
「知らない子の名前を言っても、この子には無駄だよ、なっちゃん」
「なんか、言い損したような気がする」
 結局、日暮にだけは不完全燃焼で伝わった。後で修学旅行の時に写した写真でも見せるか。
 その時だった。俺のケータイに一通のメールが届いた。
『チョコレートどうでした? おいしかったでしょ。私の腕をよりによりをかけて作ったからね。ホワイトデー待ってます。』
「ヤツからメールがきた。なんであいつ俺のメールアドレス知っているんだよ」
 送り主欄は、例のサブアドレスだった。ドコモならこんなメール届かなかっただろうな。
「メアド変えちゃえば」
「ああ、そうだよな」
 俺は急いで、メールアドレス変更画面を開こうとしたところ、日暮に止められた。
「いや、今の日向のアドレスばれたんなら、変えても意味ないんじゃないか? 絶対誰か仲介者いるんだよ」
 さりげなく彼は怖いことを言った。
「俺のアドレス帳の中にその媒介者がいるのか、なんてヤツだ」
「仲介者の仲介者かもな。本人がそのつもりでもないのに、そういうことになっていることはあるからね」
 情報メディア社会って、すごく不便な環境なんだなと、日暮のその一言で思わされた。
「まぁ、今日はそんな日向のためのパーティなんだからさ、もっと楽しめよ」
 机の上には、炭酸ジュース三本。チョコレート十数個。袋菓子三袋ほど。泣いていいのか、笑っていいのか。嬉しいのか、悲しいのか。分からない。
 今日は俺の誕生日。今日一日は俺がヒーロー。クラーク・ケントには及ばないが、なんとなく強くなったような気がしないでもない。
 そういえば、続けてメールがもう一件来ていた。しかし、それはもう予想できるものだったので、俺は無視してコーラの蓋を開けた。

 

   あとがき

 どうも、MarQueeです。バレンタインデーの季節に合わせて、「二月」をテーマにした草稿を今回予約投稿しておきました。

 二つともバンド小説を書こうと思って書いたプロトタイプです。3年ぐらい前に書いたものなので、少し書き直したりはしましたけど。
 読んでみればわかると思いますが、二つの小説には同じ登場人物がでてきますが、いわゆるパラレルワールドを書いたものであり、つながりはあるけれども別世界の同じ人物のちょうど同じ位の時間を書いた小説です。

 書いてあることしては、バレンタインとは全く関係ないようなモテないバンドマンである日暮日向の二人に、幸運にもチョコレートが届くというもの。そして、そのチョコレートにはちょっとしたシリアスなホラー要素を込めた逸品になってほしかったなと思います。怖い文章を書くのって難しいよねと思える今日この頃。

 ちなみに私は義理チョコしかもらったことがないです(笑)

Comments:0

Comment Form

Trackbacks:0

TrackBack URL for this entry
http://aoyagi3chome.com/mt/mt-tb.cgi/826
Listed below are links to weblogs that reference
[Novel]きち子のヴァレンタイン、日暮のバースデー(草稿) from 青柳三丁目 - ねこふぐ -

Index > Novel > Novel<小説> > [Novel]きち子のヴァレンタイン、日暮のバースデー(草稿)

Links
Tag Cloud
Feeds
BlogParts

フィードメーター - 青柳三丁目

あわせて読みたいブログパーツ

Return to page top